柳 清司(昭和58年文学部文学科卒)
【略歴】やなぎ・きよし 都立高校国語科教員。離島の小笠原高校を皮切りに7校を経験して定年。現在は非常勤で8校目。都立総合工科高校に在職。しの笛福原流名取。
寄稿
二足のわらじ
晴れての定年退職。人生の一区切りの爽やかなスタートがコロナ騒ぎでモヤモヤと始まったままもう丸二年経つ。オリンピックなどを機会に改めて世界を見回してみると、コロナはともかくとして紛争や戦争、暗雲はいつもどこかに立ち込めている。自分がこうして無事にこの歳まで安全な仕事を安全に全うできたのは奇跡的なことかもしれない。
ところで非常勤教員としての新しいスタートを切った職場で、はや二年が過ぎたが、同僚の顔と名前が一致しない。マスクのせいでいまだに神秘のベールに包まれた美男美女が大勢いる。これまでだったら歓送迎会や忘年会で打ち解けるのが普通だったがそれがない。私にとって飲み会はほんとに大切だったんだと初めてわかった。
でもまあ孤独には耐えながら、ほぼ予定通り楽しくやっている。週休三日で、雑務とパソコン作業が減り快適だ。時間と心のゆとりがあるので、昼飯は自炊している。これも快適だ。給料は三分の一になった。これは快適ではない。
さて、かれこれ二十数年、私は国語教員(柳清司)と篠笛奏者(福原幸三郎)の二足のわらじを履いているが、定年を機に生活基盤を次第に前者から後者にシフトしていこうと企んでいる。計画はまあまあ進んでいると言えるだろう。学校には兼職の届けを出し、何人かのお弟子さんを指導し、年に何度かは演奏活動を行っている。以前は依頼された出演と、小さな喫茶店などを借りたコンサートが主だったが、最近はなるべく小劇場やホールなどを使って自分でイベントを主催するように心掛けている。
ちなみに昨年2021年の活動は次のようなものだ。
- 6月 於、野方古民家カフェくまから洞 コンサート「追憶のシルクロード」
- 11月 於、せんがわ劇場 朗読(音曲入り) 「空蝉の会」
- 12月 都立総合工科高校芸術観賞教室 コンサート「シルクロード心の旅人」
シルクロード関連のコンサートは、作曲者「井出聖子」の「篠笛小曲集」をモチーフに笛、箏、津軽三味線、太鼓、語り、歌などで私が構成したものだが、特に12月の方は、日本ウイグル協会から衣装やスライド映像の提供を受けて本格的なステージを実現した。
学校公演という性質上ウイグル問題のあからさまな批判はできないが、問題提起の意味はあったと思っている。
高校生の頃、国語の成績だけよかった。他には絵が得意だったがプロになれるほどではなかったので、将来はそこそこの文系大学に入り、卒業したらとりあえずサラリーマンにでもなり、あくせく働かず趣味でイラストを描いて少しは儲け、楽にたのしく生きていこうと思っていた。そしていわゆる潰しのきく文系学部を受験し、すべて落ちた。自分の甘さを思い知った。浪人するにあたり、大学に行く意味を問い直した。将来の仕事のことよりも今自分のやりたい学問は何かと考えて、文学部だけを受験することにした。父親には猛反対されたが押し通した。
そしていろいろな偶然やら選択やらが重なって今ここにいる。あの頃考えが甘いと反省した二足のわらじ生活を今は当たり前のこととして送っているということだと思う。
それでいいのか?たぶんいいのだろう。
自分にとって学校で生徒に国語を教えることと、コンサートや、お弟子さんを相手に笛を吹くことは、同じ創造的な活動であるから。
(会報13号掲載「寄稿」より)