中川 順一(昭和58年文学部文学科卒)

【略歴】なかがわ・じゅんいち ノラ・コミュニケーションズ(諏訪書房)社長。廣済堂産報出版を退職後、1992年に広告・出版の企画・編集会社を設立し現在に至る。元・駒沢女子大学非常勤講師(出版文化論)。中央大学評議員。

寄稿

ここらでやめても……コロナ禍雑感

 去年2月から憂鬱な日々が続き、TUBEも歌えない夏も過ぎた。人前で大声を出してはいけない。思わず1人カラオケで、昭和のスター・小林旭の『自動車ショー歌』を絶唱したいと思ったが、不謹慎だからやめた。

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 食事をして店を出た友人は、店にマスクを忘れてきた。入るときには検温とマスク着用チェックがあるが、出るときはノーチェックだから、マスクなしでしばらく街を歩いていた。これはズボンのファスナーを下ろしたまま歩いたも同然である。よくぞ逮捕されなかったと思いつつ、コンビニで買おうとしたがダメだ。マスクなしではコンビニに入店できない。さっきの店に戻ろうかと思ったがダメだ。マスクを着用していない人は入店できない。えらい時代になった。

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 緊急事態宣言が出ているのに銀座のクラブをハシゴした議員が、世間から大いに叩かれた。議員は、飲みに行ったのではなく陳情を受けに行ったと説明した。
 陳情とは国民が公的機関に問題の実情を陳述し要求する行為だと辞書に書いてある。だが銀座のお店では議員だけでなく、一般人も陳情を受ける。クラブのママやホステスさんの中には、いろいろと頼みごとをしてくる人がいる。ボトルを入れろとか、今度ゴルフに行こうとか、鮨を食べさせろとか。頼みごととは「陳情」である。なるほど、議員は陳情を受けに行ったのである。いつものように秘書に任せりゃ叩かれずに済んだのに。

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 部下を叱るときに気が弱いものだから「まぁ、自分もそういうところがあるけど」とつい言ってしまう。部下は「なんだ、あんただってそうなんだろ」と思うから効果は半減する。相手が子供の場合は、なおさらである。叱るときに余計なことを言う必要はない。「人のモノを盗んではいけない」と泥棒が説教しても、言っていることは正しい。
 5人以上の会食は自粛しようと政府が言っている最中に、総理大臣が8人で会食した。

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 コロナはただの風邪だと言い張る人がいる。ドナルド・トランプの祖父フレデリック・トランプ(フリードリヒ・トルンプ)は、スペイン風邪で死んだらしい。ウィキペディアにはそう書いてあるが、トランプ家では「じいさんはただの風邪で死んだ」ことになっているのだろうか。

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 「ちょっとトイレに行ってくるので荷物を見ていてください」と頼んだのに、戻ってきたら荷物がない。「荷物を見ていてくださいって頼んだでしょ」「見てましたよ。知らない男が持っていきました」……政府は「感染動向を緊張感を持って見守っている」と緊急事態宣言中に言い続けた。僕たちは、配られた小さなマスクと10万円の使い道を考えた。

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 出かけるか出かけないか。自分で決めるというのは、案外大変だ。大変だけど、あてにならないと文句を言っている相手に「決めてください」というのも変だなと思っていたら、「自助」をモットーとする人が総理大臣になった。その人は「決めろ」と言われて決めるたびに批判されている。
 久しぶりに外出したので、何が食べたいかと妻に聞くと、「なんでもいいから決めて」と言う。「じゃあ中華にしよう」と言うと「えーっ中華ぁ」と言う。何でもいいって言ったじゃないか。それでも妻は、女性政治家より優しく感じる。

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 感染予防か経済か、どっちなんだよと迫られると困ってしまう。一応、会社をやっているから経済は大事だ。でも、命も惜しい。死んで花実が咲くものか。いや、金が入らなきゃ死んだも同然。誰が感染してもおかしくない状況で、それでも食うためには外出しなければならい。
 みんながそう言っていると都知事が言っても、うっかり信じてはいけない。自分のことは自分で決めるしかないのだ。
 でも、自分で決められるのは、手洗い、消毒、3密回避……ぐらい。ワクチン接種の順番はまだ先だ。せいぜい睡眠をとって栄養をとって、ストレスを減らして免疫力アップ。皆様も、どうかご自愛ください。

(会報12号掲載「寄稿」より)

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